2005.10.08
 

管理人が指摘している3番目の問題点についてまとめてみました。

長文ですので暇なときにでも目を通して下さい。

小学校の授業に「鳥類標識調査」を取り入れることへの疑問

■はじめに

「環境の保全のための意欲の増進及び環境教育の推進に関する法律」(環境保全活動・環境教育推進法=平成16年10月完全施行)が平成15年7月25日に成立しました。環境省は法律に基づいた「基本的な方針」の中で「環境教育の充実を図るため、関係府省が連携し、子供の自然体験活動その他体験活動の充実に努める」としています。その一環で「バンディング実習を体験させることは,鳥類保護の重要性・地道な研究の必要性をより一層的確に訴えることができる」として標識調査を環境教育に取り入れることを勧めています。

 鳥類標識調査とは野鳥の渡りの及び調査保護を目的とし、環境省が山階鳥類研究所に委託をしている鳥類の調査で、山階鳥類研究所では「渡り経路を知るほか、生息数のモニタリングにも役立つ調査研究です」としています。また、鳥インフルエンザの感染経路などを調査します。

 鳥類標識調査員とは環境省から鳥の標識調査のために狩猟免許を交付された人を指します。実際の行為としては標識調査員が「カスミ網」など捕獲器具を使い野鳥を捕獲し、その足にアルミ製の足環を装着します。調査の目的自体は有意義なものとして考える事が出来ます。

■鳥類標識調査自体の危険性と問題点

 鳥類標識調査にはカスミ網を用います。時にカスミ網は鳥を死なせてしまうおそれがある危険な捕獲器具で、網からはずす際にも危険が伴う大変リスキーな調査です。(無差別に鳥が捕獲できてしまうので密漁対策として国会でカスミ網禁止が議論されたことはご存じかと思います)

カスミ網の使用については野鳥の保護という観点から国際的にも問題になることがあります。

下に引用するものは、山階鳥類研究所が鳥類標識調査員に渡しているマニュアルの抜粋です。

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基本的態度

鳥類標識者(バンダー)は鳥の生命の保全をまず第一に考えるべきこと。

捕獲時の注意

鳥体を大切に扱い、極力犠牲を出さないように心がけること。

カスミ網にかかった鳥は、短時間のうちに衰弱・死亡する事をまず念頭におかねばならない。

鳥の持ち方

鳥をあつかった経験の浅い人は、一般に強く鳥を握りすぎる傾向があり、とりの胸腹部を圧迫する恐れがあるから注意が必要である。フショ部(人の場合、すね又は腓骨)を持って鳥を扱ったり、ぶらさげたりしてはならない。こういう扱いをすると、鳥があばれて足の骨を折ったり、脱臼する危険がある。

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 獣医さんは足環を嵌める事によって鳥の寿命を縮める可能性を指摘されています。

 足環が何らかの原因で足を傷を付けると、その傷から細菌が入り込み最悪の結果足の壊死に至る事が報告されています。また、足環が木の枝などに絡まり骨折をする事故もあります。幼鳥時にバンディングをされ、生長するに従い足環が足に食い込み、足に何らかの損傷が起きた場合、あるいは加齢に伴うハバキ(角化亢進)が生じたい際、脚が腫脹する事で足輪による絞扼性壊死の発生も指摘されています。さらに、足環による飛翔能力低下にともない捕食者から逃げ遅れ命を落とす可能性も否定できませんし、何百キロも続く海を渡り日本にやって来るスズメほどの小さな野鳥に、アルミの足環を付けることによる負担もまた無視することは出来ないでしょう。

 足環を鳥に嵌め放鳥します。ほとんどの場合その鳥がまたどこかで再捕獲されるか死体での回収でしか調査の結果が得られません。参考までに、山階鳥類研究所発行の鳥類回収記録解析報告書によると、1961〜1995年の足環の回収率は鳥類全体で0.61%、スズメ目(小型の鳥)は0.28%と極端に低いのがわかります。単に回収率から見ると1万羽に足環を着けて28羽しか回収出来ない事を意味しています。

 私が個人的に尊敬する知り合いの鳥類標識調査員の方に今回の件について、この様なコメントを頂きました。「野鳥は捕獲され人の手で触られる事によって多大なストレスを受けます。まず、そのことを念頭に置いて教育に望むべきでしょう。」

 野鳥や動物関係の仕事に携わっている何人かの方の意見もおおかた、鳥類標識調査を教育に取り入れる事に関して懐疑的、批判的でした。そのような危険性、調査結果を説明せず、鳥類標識調査はとても大切である事のみを教えることは間違った知識を植え付けてしまう可能性があります。

 最近では鳥類標識調査を一般に人に理解してもらうため、各地でイベントとして取り入れている団体もあります。そのほとんどが、先ほども書きましたが調査の重要性を強調した内容になっています。しかし最近では調査時の危険性を認識され、イベントを控えている団体も見られるようになりました。

■標識調査の替わりとなる環境教育

 野鳥の観察を通して自分たちが住んでいる環境について考える方法として、環境モニタリングが最適であると考えます。環境モニタリングとは日本野鳥の会の資料によると(以下引用)「日本の森林や水辺は、この10年あるいは20年のあいだでどう変化してきたでしょうか?シギやチドリのくる干潟や河原がなくなったという声があちこちから聞こえてきます。バードウォッチャーなら肌で感じる生息状況の変化ですが、具体的な資料を示そうとしても不十分なものしかありません。自然破壊が急速に 進んでいる現在、鳥とかれらのすむ環境を保護するために、鳥の生息状況と環境の変化を資料としてきちんと集めていく必要性は、ますます高くなってきています。鳥の生息環境モニタリング調査(以下、モニタリング調査とします)は、全国各地の鳥の生息環境として重要な地域で、鳥の生息状況と生息環境を定期的に監視(モニタリング)していくためのものです」としています。

 このような調査は一般的に目視で充分その目的を達成でき、小学生が実際野外に出て観察をすることによって自分達が住んでいる環境についてより深い理解が得られ、環境保護を考える良い機会になると考えます。野生動物たちに危険が伴う直接的な触れ合いをせずとも十分に教育が出来るものと思います。

■児童教育と野生動物の関係

 子供の情操教育に於いて動物との触れ合いは大変意義のあることだと思います。

動物園見学、野外での野鳥観察、河川での魚の観察、昆虫観察、そしてアヒル、インコ、ウサギ、犬などの飼育用動物と触れ合い、温もりを感じる事、どれをとってもすばらしい教育です。しかし、このような飼育用動物と野鳥(野生動物)とを混同してはいけないと考えます。

 野生動物たちは常に外敵を警戒し生活をしています。そして、小さな野生動物たちは非常にデリケートであり、いたずらに手で触ると簡単に傷を負ってしまいます。例えば、鱗が弱い魚を手で触ることにより鱗がはげ、細菌感染の原因になり、低体温の魚の場合は人間の体温で火傷を負ってしまいます。教育以前にそういった野生動物に接する態度を教えるべきで、誤った認識を持たせる事は動物の生態系に悪い影響を与えかねません。

 そして野鳥の場合、鳥類標識調査のカスミ網にかかった野鳥たちはもがき苦しんで、盛んに鳴き声をあげます。野生生物は自分が死を覚悟するまで激しく抵抗をし、その目は怒りと恐怖と絶望に満ちあふれています。最悪の場合、野鳥はその場で死んでしまうこともあります(山階鳥類研究所マニュアルの項目参照)。手の中で冷たくなっていく鳥を見たら子供達はどう感じるのでしょうか。

 鳥類の骨は体重を軽くするため中空構造になっています。小鳥の場合少しでも無理な力が加わると簡単に骨折、脱臼をしてしまいます。足を骨折したり羽を骨折した鳥に待っている運命は悲惨なものでしょう。たとえ骨折をしても野鳥は人間から逃れるために飛んでいきますが、その後どのような事が起こっているかの観察は残念ながら行われていないようです。

「野鳥は人間や地上生活者に対し空を飛ぶことによるアドバンテージを常に感じています。いざというときには飛んで逃げれば良いのですから。自分より遙かに大きい人間の手によって捕まえられた時、鳥たちは死を覚悟します。」(動物園の園長さんの話から)

■まとめ

 子供達に環境保全や鳥類保護、地道な研究の必要性等を教えることは重要な教育です。しかし、自分たちが暮らしている自然を正しく理解し、私たちの暮らしの小さな事が全て自然とつながっている事を教えて初めて環境保護や鳥類保護を教えることが出来ると思います。

 鳥獣が法律によって手厚く保護されているのに係わらず、罠にかかった鳥たちを「自然の象徴として」子供達に見せ、触らせる事が本当の教育といえるのでしょうか。むしろ、人間と野生との線引きを明確に教えることが重要だと考えます。野鳥について、より深い知識を教えるのであれば鳥の形態観察を強調するのではなく、子育て、巣箱を掛けるなど実際に野鳥が生活している姿を観察させ、命の大切さを学習させる事こそ教育的に意義があるように感じます。

 野生動物の中でも野鳥は小さく弱い生き物なので、捕獲さえ出来れば手軽に触ることが出来ます。比較するのは無理があると思いますが、例えば網にかかった野生の熊や猪を環境教育に使うことは許されないと思います。では、何故鳥だと許されるのでしょう?小さく弱い生き物だからでしょうか。野生生物に対して過剰な保護とお思いかも知れませんが、小さく弱い生き物だからこそ、大人が子供達に正しい知識を教えなければいけないのだと思います。

 このような理由から鳥類標識調査を環境教育に導入することには慎重になる必要があると思います。

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野鳥の標識調査に関して写真家の和田剛一氏が取り組まれております。ご興味のある方・・野鳥に興味がある方は訪れてみて下さい。(シンボルマークが貼られました。やる気モード突入?)

カワセミ日記」の中島さんのサイトでも標識調査問題を取り上げていますので、是非ご訪問して下さい。(ブログが訳の分からないことになっています??)

日記を読んで標識調査に関心を持った方、直リンクで結構ですので是非お友達に紹介をして下さい。鳥たちの明るい未来のため、少しでも多くの方に標識調査に興味を持ってほしいと思います。

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