1914年9月1日AM11:00 オハイオ州シンシナティ動物園
私は今、檻の中で自らの命が燃え尽きるのを待っている。結局この檻から脱出する事が出来なかったのが残念でならない。
我が種族はかつて地球上で50億もの繁栄を誇っていた。しかし、わずか100年で全て殺され、飢え死に私が最後の生き残りになってしまった。そして私も、もうすぐ死ぬだろう。
どこからか来たのか知らぬが、私たちの土地に侵入した野蛮な種族が仲間を殺し、食べ尽くし、住み処を奪ってきた。野蛮人は力が強く我が種族は、なすすべもなく運命に従うしかなかったのだ。我が種族は一年に一度、一人しか子供を産めないのが災いになったのか、また数が増えすぎたのがいけなかったのかは判らない。とにかく、あっという間に絶滅させられてしまった。
50億もの命を奪った大罪は必ずや罰の炎となって自らに降りかかり焼き尽くすであろう。
私は野蛮人から「マーサ」と呼ばれている。
1813年 ジョン・ジェームス・オーデュポンの日記より
おびただしい数の鳥がケンタッキー州を通過するのを観察した。しかもその群れは3日間とぎれることなく続いた。その鳥は「リョコウバト」である。
1850年8月 オハイオ州の農家で
「おい、見てくれ!一晩でこの有様だ。せっかく収穫が出来ると思った矢先にこれだ!あの鳥をどうにかしてくれ。」
「これじゃ、俺たちが餓え死んじまうぞ。」
1854年 シアトル酉長がアメリカ大統領に宛てた手紙
「我々は知っている
すべての生命は、一つの生命の織物であることを
これを編んだのは我々ではなく、我々は一本の織糸に過ぎないことを
生命の織り物に対して行なったことは自分自身に降りかかってくることを」
1860年
鳥類保護法が成立。しかし、その膨大な生息数からリョコウバトは除外された。
1860年7月の暑い日 ケンタッキー州の森でハト猟師の会話から
「今日も300羽位殺したかな。おいニック、そっちはどうだ?」
「網が破れちまって、しょうがないから棍棒ではたき落としたさ!おかげで手にまめが出来て痛てーこと。」
「はやいとこ、樽ずめにして一杯引っかけに行こうぜ。」
1867年
ニューヨーク州で初めてリョコウバト保護法が成立。
1914年9月1日PM1:00 オハイオ州シンシナティ動物園
「マーサ」は止まり木から静かに落ちて、音もなく地面に横たわった。
9.1.1 リョコウバトがこの地球上から永遠に姿を消した瞬間である。